臼井総理の「なんでもやってみよう」

ライター・編集者、臼井総理の日常を綴るブログです。同人サークル「版元ひとり」での活動についても語ります。

北朝鮮の乱数放送(暗号放送)再開で一考。

突然思いついたので、はてブロのスマートフォントアプリを超ひさびさに起動。

北朝鮮が16年ぶりに乱数放送(暗号放送という表現が報道では一般的なようだが、個人的趣味で、以下「乱数放送」に統一する)が再開されたというニュースが、大きく報道された。

このインターネット時代にイマドキAM放送(中波、短波)で乱数放送なんて、ひどくアナクロな気もするが、「放送」を使うと、双方向性こそないものの、受信者の秘匿性ったら半端じゃない。なにせ、ラジオさえあれば誰にでも受信でき、なおかつ誰が通信の受け手なのかわからないからだ。

なお、実際どのように乱数放送が使われていたのかについては、昔NHKの「クローズアップ現代」で非常に詳しく紹介されており、本物の乱数表(暗号解読に必要なデータ)も映像に出てくるし、解読の解説もされている。
映像はないが、画像を交えた詳細なWebページがあるので、ぜひ見てほしい。
(あとでリンク付記する)

で、ひとつ疑問なのは「16年も間を空けて、いきなり再開してもちゃんと受け取られているのか?」ということ。

考えられるのは、乱数放送以外の手段、たとえば手紙やネット、電話で「いついつから再開するから」と伝える方法だが、これでは先に述べたような、せっかくの放送による「受信者の秘匿性」が台無しだ。

ほかにも、通常の放送でさりげなく知らせることもできよう。昔のスパイものではないが、いつも一定の時間に、特定の番組を聴取することを義務付けておき、その番組内でトリガーとなる内容(たとえば、特定の楽曲)を流すなどで、指令者からの意図を伝えるのもありえる話だ。


とはいうものの、16年という歳月は長い。スパイだって、ダレるだろう。
となると考えられるのは、今回再開された放送自体では、たいしたことは伝えていないのでは、ということだ。

2つ、可能性を考えてみた。

1、外交交渉のための「はったり」

報道にもあったが「俺ら、またやったるで?」という姿勢を示すための行動。

2、この先本格的に乱数放送を使うことを、受信者(スパイ)に知らせる目的

乱数放送を再開すれば、日韓のメディアは間違いなく大々的に報道する。普段テレビを見ない人も、逆にテレビはみるがネットを見ない人も、大勢この事実を知った。 
となれば、日韓国内に潜伏するスパイも、間違いなく「乱数放送再開」を知っただろう。
今後、乱数放送で指令が送られることを周知するための放送。どうだろう。


そんなわけで、慌てて短波ラジオを買いに行った人が身近にいたら…(笑)

私の祖父が遺した、牛島満・牧野四郎両将軍の貴重な書。

 もうかなり前の話で恐縮だが、今年4月、鹿児島県大隅半島「鹿屋」の地で行われた「艦これ」のオンリーイベントに参加したついでに、鹿児島県内の戦跡を訪問したり、親族の墓参に行ったりしてきた。

 その際、以前から解決しようと思っていた疑問があり、鹿児島市内にある「鹿児島縣護国神社」に立ち寄った。
 本ブログにも何度か書いたことがあるので、読者の皆さんには「くどい」と言われるかもしれないが、私の祖父は士官学校出の陸軍軍人。その祖父が生前、護国神社に寄贈した「書」があるというのである。

その「書」とは、旧陸軍の牛島満、牧野四郎両将軍のものだという。

 私の祖父、臼井一雄は、昭和16年8月、異動により陸軍士官学校の教官として赴任。陸士56期生徒隊の中隊長となった。このとき、沖縄戦の指揮を執り戦死する牛島満大将、後にフィリピンで戦死する牧野四郎中将と同じ職場になった。
 祖父の手記『わが八十年史』より引用する。

「当時における校長は鹿児島出身の牛島満中将で、出身地は鹿児島市加治屋町で、私が小さいときから長い間住んでいた上之園町と、甲突川を境界にした北隣である。かかる地縁によりしばしば演習の合間には、よく閣下の方から郷里鹿児島の思い出話をされて、二人でよく打ち興じたものである。ちょうどそのころ、当時の予科士官学校校長は同じ鹿児島出身の牧野四郎中将であって、鹿児島県出身の将軍が、本科と予科の校長をしておられた時期があったのである」

 祖父は、牧野、牛島両将軍ともに鹿児島出身だったという縁から、両将軍に書をいただいたというのである。そのくだりは以下の通り。

「(略)牧野中将が師団長としてフィリピンのレイテ島に赴任される送別会の折、戦況上、式はこれが最後になるやも計られずと判断したので、東京三省社における牧野中将送別会の席上、急ぎ紙を準備して、牛島、牧野両将軍に揮毫をお願いしたのである。この時牧野閣下は養正と書き、牛島閣下は至誠と書かれたのである。果たせるかな戦局は我に利あらず、両将軍共に戦没されたのである。私はこの貴重な絶筆を私するに忍びず、鹿児島縣護国神社に寄贈し、永く両将軍の形見として残さんとした次第である」

 この手記を元に、護国神社を訪問したところ、境内にある戦没者の遺品などを納めた「威徳顕彰館」(※社務所でお願いすると鍵を開けて見せてくれる)には展示されていなかった。「これはどこかにしまってあるのかな」と、同行者と話していたところ、たまたま同行者が別件で禰宜さんと話をしている際に「その書ならここにあります」と教えてくれたのである。

 なんと、参集殿(兼社務所)の待合室のような場所に、額装されて飾られていたのだ。その後、宮司さんともお話することができ、「これは展示物の中でも別格で貴重なのでここにあるのです。由緒がわかって良かった」とのお言葉もいただいた。私個人としても、祖父の良い供養になったかと思う。

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※撮影の許可はいただいております

 というわけで皆さん、鹿児島においでの際は、ぜひ護国神社にお立ち寄りを。

牛島満…陸士20期。昭和17年4月、陸軍士官学校校長。昭和19年8月、第32軍司令官として沖縄へ。ご存じの通り沖縄での激戦の末、昭和20年6月、自決。
○牧野四郎…陸士26期。昭和16年5月から陸軍予科士官学校教授部長、17年12月より予科士官学校長。昭和19年3月、第16師団長としてレイテへ。20年8月、自決。

3月上旬~中旬のミリタリーダジャレ。

Twitterで3月1日~3月19日までにつぶやいた、ミリタリーダジャレをまとめておきます。
面白いとか、面白くないとか、どうでもいいから。


「なにあんた!こんな汚いオートバイ…違う戦車…みたいな…変なの買ってきて!不便だし邪魔だし!」
「いいじゃないか不便とか邪魔とか、そんな欠点にくらっときちゃったんだよ」

「行こうとすると、相手に怒られる戦車ってなに?」
「…来るせいだー?」

「あれっ、海上自衛隊の船、公開してないよ」
「あすか」

「畜生、援軍はまだか!」
マスケット銃を持った人がこっち来ます!」
「まあ、助っ人!」

「戦車乗りとしての勉強のため、留学します。中国に」
「何しに行くの?」
気功師団ってくらいですからね」

「ちょっと船を修理するのに、どうしても必要な部品があるので絶対買ってください」
「なるほど、マストバイってわけですな」

「すみません、晴嵐の地上機型、開発が難航しています…」
「難産か…」

「あのう、灯火管制はいつまで続けるんでしょうか…」
「10日間せい!」

「この機関銃はよくおむずがりになるので、通称言うこと機関銃と呼びます」
「この護衛空母は航空攻撃を受けても沈まなかったので、通称攻撃がキッカンベイと呼びます」

10

「捷一号作戦の評価は何点くらいですか」
「零点ですね、レイテだけに」

11

「支隊長が失敗しました!」
「なるほど、失態長になったというわけだな」

12

「支隊長が戦死しました!」
「なるほど(以下略)」

13

「ゆきーの進軍氷をふんで」
「隊長!食い物が腐ってます!」
「馬鹿者、それははっこうだ」

14

陸自隊員で一番話しやすいのは、やっぱり戦車乗りだよね」
「そうなの?」
「『聞こうか』っていつも言ってくれるもん」


とりあえず。
以上です編集長。

二・二六事件から80年。臼井総理と二・二六事件

臼井総理です。
久々に告知以外のブログを書いてみましょうかね。

今日、2月26日は言わずと知れた「二・二六事件」の日。
しかも今年は、発生から80周年の日にあたります。
いろんなニュースメディアでも関連記事が出ていますね。

headlines.yahoo.co.jp
www.iza.ne.jp
www3.nhk.or.jp

最後に紹介したNHKの記事では志水さんという方にお話を伺っていますが、
この志水さん、実は私も昨年お目に掛かりまして取材させていただきました。
記憶もしっかりしておられ、とても驚いた覚えがあります。
99歳には思えないですね。
ちなみにこの本でも、二・二六事件のことについて載せています。

www.amazon.co.jp

昨年の本なのでもういいと思いますが、実は志水さんにお話を伺う前には、
二・二六の話は特に聞く予定ではなかったのです。
編集者が「ビルマの話を聞ける方」という条件で探していたのが志水さんだった、
というだけで、話を聞いているうちに「二・二六にも参加していた」ということが
わかってびっくり! だったんですね。
で、急遽ページを作って二・二六についてのお話も載せた、という次第でした。
(他の資料とかをチェックしていれば事前にわかったかもしれませんが)

NHKの動画を見ると、変わらずお元気なご様子で安心しました。
また何かお話を伺える機会があればいいなあ…。

さて。
二・二六事件といえば、一昨年に書いたこちらの記事もぜひお読みください。
私の祖父、臼井一雄が、決起将校たちと士官学校同期だった、というお話です。

souri.hatenablog.jp


今日もTwitterで少しお知らせしたところ、数件RTしていただきました。

直接参加したわけではないのですが、当時の青年将校の雰囲気が少し、わかるかもしれませんね。


教科書に載っている歴史では、二・二六事件の首謀者たちは「単なるお馬鹿さん」みたいな扱いになっていますが、
それは「結果論」。
当時の社会情勢なども踏まえて、すべて否定するのではなく、冷静に当時のことを思い返してみるには、
80年という歳月はちょうどよい緩衝材になるかもしれません。
慰霊碑にお参りはできませんでしたが、私も心の中で決起将校たちに手を合わせつつ、ついでに(失礼)祖父にも手を合わせておきます。

そんなこんなで、またね。

1/31(日)コミティア115、参加します!

臼井総理です。
サークルのサイトでも告知いたしましたが(下記参照)
【サークル参加情報】1/31(日)コミティア115@東京ビッグサイト | 版元ひとり公式サイト
明日、東京ビッグサイトで行われますオリジナル同人誌即売会コミティア115に
参加いたします。
ブースは

W26a

です!どうぞよろしく。

また、明日のイベントでは、コミケにて『この魚肉ソーセージがすごい!?』を
お買い上げいただいた方に、その後制作しました「お詫びペーパー」&「ポストカード」を
配布いたしますので、コミケで版元ひとりブースにお越しいただいて、
魚肉本をお求めいただいた方は、忘れずにお立ち寄りください!

復刻本『ハッタリ文章術』ほか、委託本含めて何種類か並べてお待ちしております。

↑こちらが復刻「ハッタリ文章術」です。

1/28 文化放送「くにまるジャパン」に出演しました&本の入手先はこちら

臼井総理です。

事前告知はTwitterでしかしておりませんでしたが、
本日午前10時6分ごろから、ラジオ文化放送の「くにまるジャパン」内
「面白人間国宝」コーナーに、3回目の出演をいたしました!

今回は「魚肉ソーセージ」ネタ。
あんまりお役に立つような話ができず恐縮です(汗)
6種類の魚肉ソーセージをパーソナリティの野村邦丸さんと八木アナウンサーに試食していただきました。
他にもいろいろ持っていっていたのですが(醤油とマヨネーズも)、
時間が足りず残念…。

というわけで、公式サイトのほうで出演の模様がもう出てます。
なんか表情固すぎ…(汗)にこやかにしたつもりだったんだけどなあ。
『この魚肉ソーセージがすごい!?』の著者が登場! - くにまるジャパン

放送中に、邦丸さんから「アスパラの缶詰」というお題もいただいたことですし、
そのうちやります!どんなオチになるか分かりませんが…(笑)

また、リスナープレゼントとして5冊、同人誌を提供しましたので、
リスナーの方はぜひご応募よろしくお願いいたします。

なお同人誌『この魚肉ソーセージがすごい!?』が入手できるのは、

秋葉原&新宿に店舗を構える「COMIC ZIN」さま
COMIC ZIN 通信販売/商品詳細 この魚肉ソーセージがすごい!?

●全国に店舗あり 「とらのあな」さま
http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/38/60/040030386013.html


どちらも全国通販対応です!
また、今週末(1月31日(日))に東京ビッグサイトで行われます、
コミティア115」というイベントでも会場頒布いたします。
COMITIA

どうぞよろしくお願いいたします!

ブース番号「W26a 版元ひとり」までお越し下さい。




オリジナルタルタルソース企画、不成立でした。

臼井総理です。

昨年から、パルコ様のクラウドファンディングサービス【BOOSTER】にて実施しておりました
「オリジナルタルタルソース企画」ですが、昨晩24時をもちまして募集期間が終了いたしました。
結果は、

ファンド不成立(しかも20%にも満たず)

でした。
力不足をお詫び申し上げます。

なんとかオリジナルタルタルは実現させられればと思っておりますので、
また出直してまいります。

面白い企画、またやります!

www.booster-parco.com